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お久しぶりです、この前の日記はいつだったでしょうか。
古いPCをやっと処分して、部屋が広くなりました。
梱包したまま部屋の中に放置していたのです。MacBookを買って以来だから、
先日は京都に行った際に、銀閣寺まで歩き、そのまま哲学の道を歩きました。
終点の若王子神社でお守りを購入。
四条河原町まで帰りたいもののバス停が見当たらず、南禅寺まで歩いて、
民家の軒下でリュックをおろし、カメラをしまって折り畳み傘を取り出す。
そこから歩き出すと、バスが横を通過。すると、すぐ先に停留所が。
運良く、四条河原町経由。
その混みに混んだバスに乗って、無事に四条河原町まで戻りました。
銀閣寺、慈照寺は修復中でしたが、とても静かな時間を過ごせました。
周りは外国人ばかりでした。
かわって、今日のこと。
ずっと村上朝日堂のCD-ROMが気になっていたので、もう一度見てみようと思いMacBookに入れるも、
でも、HPのHTMLファイルなどがCD-ROMに収まっているはず、でも、見当たらない。
隠しファイルを表示させるアプリケーションをダウンロード、インストール。
よし、やった、あった!
index.htmlをクリック!うわっ!なつかしい!
一年浪人して大学入った頃に、インターネットという言葉を聞くようになって、なんだろう?と思った。
95年には阪神淡路大震災があり、Windows95というものもニュースで流れて知るようになった。
どうも、コンピューターを使えないとまずいらしい、という話を聞くもののコンピューターの授業を
講義要項を見てみると、総合課程の中に「企業分析」という授業があり、コンピューター未経験者でも
古い古い校舎で、平屋建てだった。カビ臭いような古い街の図書館のような建物だった。
そこに40台ほどのコンピューター。電源の入れ方から始まって、エクセル、ワードを含め
企業の貸借対照表を作って、いろいろ分析のグラフを描いてレポートにまとめて終わり。
その頃からふらふらで、冬の午後最後の授業をほとんど遅れて通い、自分でエクセルの本を購入して、
インターネットをするにはインターネットブラウザが必要だと、友達に聞き、初めてインターネットをした。
その頃週刊朝日で、村上春樹が村上朝日堂を連載していたのを読んでいて、web版のアドレスが載っていたので、Yahoo→文学→作家→村上春樹で検索して、ようやくたどり着く。
まだ、家にPCがないとき、学校で毎日サイトをチェックして、更新されるたびにテキストファイルに
家にPCが来てからもずっと保存し続けた。まだ家には回線がなかった。
家にやっと回線が着いて、テレ放題の時間にチェックする、大学でチェックする、保存するを繰り返した。
話を戻すと、95年という年は僕が村上春樹を読み始めた年でもある。
崩壊した三宮の街の中を歩き、これまた屋根がなく崩壊したセンター街を歩いて、地下のジュンク堂へと
ねじまき鳥クロニクルが平積みでかなりの量がおいてある。
ダークな表紙だ。貼られたポスターもダークだ。
朗読会のポスターを眺める。
僕は、村上春樹はノルウェイの森という恋愛小説を書く、ただの売れっ子作家だと思っていた。
でも、その作品には何か引かれるものがあった。それも暗いものとして。
崩壊した街の暗い地下の本屋のように。
それ以前からユング心理学の本を読み、また河合隼雄の本を読み始めていた、それも熱心に。
その河合隼雄が村上春樹と対談しているのを読み、あれ?と思った。
そして、月刊現代に「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」という題名で二回にわたり対談が掲載された。
決定的だった。
すぐにねじまき鳥クロニクルを購入して読み始めた。
それ以来、彼の熱心な信者だ。信者と言っても言い過ぎではないほどに。
すべての本を集めながら、彼の読者とのやり取りは意外というよりも一つのショックで、
また、彼の翻訳する本もすべて読んできた。
特にレイモンド・カーヴァーは繰り返し繰り返し読んだ。
今、彼の新しい作品を読んでいる。
僕は、今34歳だ。
欲しい本はすべて、家の本棚に並べたいのですが、もう置き場ありません。
本の整理をしなくてはいけないのですが、ほかにもいろいろ整理しなくてはいけないもの、事がたくさんありすぎて、なかなか手がつけられずにいます。
で、中坊公平さんの「金としてではなく 鉄として」を読みました。
一度生で話を聞いたことがあるのですが、そのときの印象は「現場を持っている人だなあ」ということでした。
一緒に話を聞いたのが河合隼雄さんだったので、「お二人とも、現場というものを大事にする人だ」と思ったものです。
その後、「闇の世界には一切手を借りない」と宣言して整理回収機構の責任者として就きましたが、社員による脅迫行為があったことが判明し、弁護士のバッジを外し、公の世界から身を引かれました。
これでも着すぎなのかもしれないけれど、僕は極度の寒がりなのです。
年を重ね、20代や青春を超えて(この年でまだ青春といってしまう)30代を迎えてから今に至るまで、
毎年の冬の寒さと日の短さと陽の光の弱さは、どんどんと耐え難くなった。
今日は家に帰って、時間ができて村上春樹の映画化された「トニー滝谷」(イッセー尾形、宮沢りえ)の
サウンドトラック(坂本龍一)を聴こうと思ったのが、ラジオを聴き始めた。
なんでもアルプスの高山にしか咲かない幻のエーデルワイスが家庭でも栽培できるかもしれない、とスイスの植物学者が発表したそうです。
鉢植えや水差しで栽培できるそうです。
しばらくしたら(数年)、花屋さんにエーデルワイスが並ぶのではないか、というお話でした。
幻の花が花屋さんに並んでいいのだろうかな。
ふわふわとした綿毛に覆われた花びらの花をつけるそうです。
春になると落ち着かなくなるどころか、極度に精神的に不安定になる僕ですが、
気がつくと、暖かく柔らかい日差しに、にやついている自分に気がつきます。
10代の音楽と言えばU2になった。
何度も何度も聞いた。
高校に入ると、活動を休止していた彼らが復帰した。
"The Fly"と言うシングルが出た。8cmのCDだ。
駅前のレコード屋で予約した。
予約リストの大学ノートに、自分の名前を書き込む時、
中学時代の女の子の名前が書いてあった。
ああ、彼女も熱心なU2ファンだった。
僕の親友は彼女の事が好きでたまらなくて、仕方がなかった。
その僕の親友が僕にU2のビデオを見せてくれたのだ。
彼は、中学3年生の一学期の終業式にカナダに留学した。
彼女のメッセージが流れる目覚まし時計をトランクに詰めて。
家の前で彼が父親の車に乗り込む時、僕はそこにいた。
彼に手紙を渡した。
「飛行機の中で読んでくれよな」
カナダと日本の間に何回も、エアーメールが交わされた。
一度慣れない手つきで、公衆電話からカナダの彼の部屋に電話した。
出てきたカナダ人が、
"wrong wrong number"
としつこく繰り返す。
間違ってない。
カードが切れたので、電話を切った。
高校に入り、新しいラジオ局が開局した。
FM802
毎日、家にいる時はいつも聞いていた。
新聞配達をし、スーパーの品出しをやり、金を貯めた。
僕はスピーカーを2本とアンプを買った。15万円。
まず流したのが、U2ではなくてペットショップボーイズのビヘイビアー。
スエードのような箱に入って、おまけに8cmのシングルが一枚はいっていた。
何度も何度も繰り返し聴いた。
ある時、そのことを思い出し。何度もCDショップを回ったけど手に入らなかった。
MacBookを手に入れ、iPodを手に入れたんだ。ネットで買えばいいんだ!
と言うわけでてに入れて、今聴いてます。
15歳の僕が、32歳になった僕が必死になって探して聴いている事を想像しただろうか?
昨日、大学をやめてから初めて、足を運んだ。
僕が入学して阪神淡路大震災があり、その後ずっと工事がその町で行われていた。
大学をやめる頃にも、大規模な造成がされていた。
それらが皆でき上がっていた。
昔通った道を歩き、門までたどり着く。
僕にとっては20代は欠落している意味のない時代。
でも、何もかもがとても懐かしかった。そういう感慨に耽ることはないだろうと思っていた
僕がいつも通った道、場所などの写真をたくさんおさめた。
指導教官と2時間くらい話をした。
かえり、駅の喫煙所で煙草を吸っているとき、偶然にもクラブの友達と再会した。
あの頃は二人とも20歳で、今では二人とも32歳だ。
電話番号とメールアドレスを交換して、別れた。
ティム・オブライエンの「July,July ー世界のすべての7月ー」という小説を思い出した。